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告知について

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最終更新日:2008/10/30

告知を望む人

告知を望む人の言い分は明快です。

告知しないで虚偽の病名を告げるということは、その後の医師と患者の関係や患者と家族の関係は虚偽の上に成り立ったものになります。「真実」を重んじる立場からは、こうした欺瞞は許せなくて当然でしょう。

実際、告知しなかった場合に遺族が後悔にさいなまれることは少なくありません。「本当のことを言ってあげるべきだったのでは?」という想いが付いてまわりがちなのです。

ついでに言えば、医療を施す側にとっても告知にはメリットがあります。様々な投薬や手術を試みる際、真実の病名を知らせていなければそれを糊塗するためにさらに別の嘘を重ねなければなりません。時には必要な治療の妨げになることもあるのです。

告知を避ける心理と論理

一方、告知を避ける心理・論理は次のようなものです。

まずは、患者が落ち込み、時には絶望感を持ってしまうことへの配慮。欧米で告知が当たり前なのに対比して、よく日本人の弱さ・もろさを挙げる向きがあります。「日本人は欧米人のようには行かない」というわけです。

そして当人が告知を望まない場合もあります。死が目前に迫っていると知ったら、恐怖や絶望感で自分が押しつぶされてしまいそうだというわけです。こういう人に有無を言わさず告知するのは、確かに酷でしょう。

興味深いのは、アンケートなどでは、自分のこととなると告知を望むのに、家族が病気のときには告知したくないと答える人が多いこと。家族が嘆くのを見るのが辛いということでしょうか。やや解釈に苦しむことではあります。

基本は「本人の意思」

とは言え、やはり基本は本人の意思を尊重することでしょう。告知を望む人に家族が嘘をつくのは卑怯なことですし、逆に本人が望まないのであればあえて告知することもない。

問題は、告知を望んだ人がその告知によって予想以上の精神的ショックを受けてしまった場合です。それをも引き受けるのが告知を望んだ者の「自己責任」ということでしょう。ただ、家族の側も、「自分が望んだくせに」という風に突き放すのではなく、そんな時こそ寄り添っていてあげる。そうありたいものです。

なお、告知の対象となる代表的な病気であるガンについては、治療法の進歩により5年生存率がかなり向上してきています。昔ほど「死に至る病」ではなくなっているのです。告知を考える際には、そのことも重要な要素として押えておく必要があります。

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