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最終更新日:2008/10/30
死が目前に迫ったとき、希望を叶えられるとしたら何をしたいですか。
最後にしたいことも、ぜひ遺言の中にしたためておきましょう。
最後にしたいことの種類
考えられることとしては、次のようなものが挙げられます。
大事な人に会う
家族と一緒に過ごすというようなことなら、改めて言う必要はありません。当たり前の話ですから。一方、しばらく会っていない親族や友人に会いたいとか、尊敬する人に来てもらいたいというような場合には、それなりの段取りが必要です。遺言に書く意味は、大いにあります。
具体例:遠く離れて住む子供に会う、離婚した夫・妻(およびその連れ子)に会う、ケンカ別れした友人に会う、昔の恋人に会う、恩師や恩人に会う
好きな物・ことを味わう
最期だから、少しくらいの贅沢やわがままは許されるはず。遠慮なく、したいことや食べたいものなどを所望しましょう。
具体例:タバコを心置きなく吸う、酒を飲む、大好きなお店の料理を味わう、妻の十八番料理を味わう、ゴルフをする、バイクに乗る
パーティーなどを開いてにぎやかに過ごす
人といるのが好きな人は、こうした華やかな最期が希望でしょう。「宴のあと」にやってくる虚しさ、寂しさには要注意ですが。
一人で静かに過ごす
物思いや回想をするには、一人で静かに過ごせることが必要です。最期だからこそできるだけ孤独を味わいたい、というのも一つの選択ではないでしょうか。
特殊な事例 ちょっと変わった「最後にしたいこと」の例
マイ・ラスト・ソング 最後に聴きたい曲は、何ですか?
最後にしたいことの障害
最後にしたいことの実現を妨げるもののうち、代表的なものを挙げてみます。
身体的な制約
病気の症状や痛みが妨げとなって、希望を叶えられなかったり、できたとしても満足を得られなかったりするかもしれません。これが一番よくある障害でしょう。
相手次第のもの
相手のあることなら、本人の望みどおりに行かないこともあります。会いたいのに会ってくれないとか、感謝やお礼を受けてもらえないなど。
家族の反対
基本的には本人の意思が尊重されることがほとんどでしょうが、内容によっては家族の承諾が得られないこともあるでしょう。この場合は、諦めるか、それとも家族の反対を押し切って実行するか、難しい選択を迫られます。
余命の短さ
悲しいことですが、希望を実現する前に亡くなってしまうこともないとは言えません。ただその場合でも、希望を述べておくことには意味があると考えます。遺族らが供養をする際に、その希望を踏まえた方法を考えることだってできるからです。
最後にしたいことを書き出すまでの手順
最後にしたいことは、考えれば考えるほどいろんなことが浮かんできて、絞るのが難しくなってくるはず。次のような手順を踏んでみてはどうでしょう。
- 1)リストアップ
- まず、思いつくままに「候補」となりそうなものを列挙していきます。時間を置いて様々な角度から検討してみると、多彩なアイデアが浮かぶはずです。
- 2)他人の事例を調べる
- 自分の頭の中だけで考えるのではなく、他人の事例も調べてみてください。その「ネタ」をそのまま使えるということはあまりないでしょうが、ヒントや刺激にはなります。
- 3)ある指標に基づいて、いくつかのカテゴリーに分ける
- ここが一番のポイントです。出てきたアイデアを分類するのです。分類の基準は、あなた自身が決めてください。どの基準を選ぶかということ自体が、個性であり価値観の現れですから。
- 4)それぞれのカテゴリーの中で、順位付け
- それぞれのカテゴリーの中に含まれる候補は数個から多くて10個まででしょうから、個別に1対1で「優先度」を比較し、それぞれのカテゴリーの中での優先順位を付けます。
- 5)清書
- 最後に本当に自分が望むものだけを清書します。これで書き出しは完了です。
「したいこと」から「すべきこと」へ
「したいこと」というのは大抵の場合、自分一人の欲求を叶えるということに過ぎません。それより一歩進んで、「残りの人生、自分は何をすべきか」ということを書き出してみてはどうでしょう。使命とか天職とでも言うような自分の人生の意義を、自ら定義付けるのです。
神でも天でもいいのですが、何か自分を超えた存在によって与えられたものだと考えれば、それは自ずと「世のため人のため」さらには「地球のため宇宙のため」といった内容のものになるはずです。それに比べれば、人一人の欲求など、何とちっぽけなものでしょうか。
もちろん、こうしたものは自分の人生ですべて成就できるとは限りません。できないことの方が多いでしょう。けれども、それを書くことには二つの効果があります。一つは、自覚を促し、銘記すること。漫然と人生を送るよりも、成し遂げられることの量ははるかに大きいはずです。そしてもうひとつは、それを受け継いでくれる後継者が現れるかもしれないということ。一人で達成できなくても、別の人がそれを進めてくれる。使命や天職とは、世代や地域を越えて共有できるものなのです。
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