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最終更新日:2008/10/30
自由遺言にまつわる様々なトピックスをご紹介します。
自由遺言とエンディングノート
自由遺言とエンディングノートは親類(※)のようなものです。あえて違いを挙げるなら、エンディングノートは自由遺言に比べて万人向け、つまりこだわりのない人向けと言えるかもしれません。また手軽に書けることから、エンディングノートを書いてみることが自由遺言づくりのきっかけ作りとなる面もあります。
ともあれ、本式(?)の自由遺言はオリジナルのフォーマットでつくりたいもの。このサイトの「自由遺言の題材」の欄も、大いに参考にしてください。
※ただし、いずれエンディングノートがデジタル化・オンライン化されれば、両者はイコールだと考えていいでしょう。
手書き?ワープロ?
遺言というと、肉筆で遺さなければならないイメージがあるかもしれません。民法に基づく自筆遺言証書は、全文が自筆でなければなりませんが、自由遺言にはそのような決まりはありません。むしろ、改訂を容易にするため、パソコンのワープロソフトの活用を積極的にお勧めしたいくらいです。
特に自由遺言の題材のうち、事務的な側面の強い「モノの遺言」「望みの遺言」については、書く側にも読む側にも、ワープロの方が断然優れています。
一方、「ココロの遺言」、特に遺訓やメッセージあたりは、手書きの方が味がありますよね。できれば肉筆で遺したいものです。
ビデオ遺言
これからは、ビデオ遺言も一般化しそうです。法的には裁判での「証拠」程度の価値しかありませんが、自由遺言においては本人がしゃべっている映像の迫力というものを活かさない手はありません。
題材で言うと、法的遺言、終末期医療の遺言(尊厳死宣言など)、遺訓、メッセージは、文書での遺言に加えて(法的遺言は文書が必須です)、ビデオ遺言もあると遺族を納得させる効果が倍増するでしょう。また、故人が語りかける映像は、遺族にとってこの上ない形見ともなるはずです。
年に一度の書き直し
自由遺言の中身は、時間の経過とともに変わって当然です。何十年にもわたって書き換えの必要性を感じない人がいるとしたら、むしろその方が不自然。
中身が変わる原因は、家族構成の変化、職業など生活状況の変化、心境の変化、加齢に伴う価値観の変化、知識の深まり、周囲の影響など、様々でしょう。いずれにしろ、「自由遺言は変わるもの」と思っておくのが無難です。
書き換えの周期は、これも人それぞれでしょうが、年に一度見直すのがいいでしょう。誕生日、正月、親や夫・妻の命日など、節目の日に。その意味でも上に書いたように、全文を手書きにしていては改訂が億劫になりますから、ワープロで済ませられるところはワープロを活用すべきなのです。
生前から開示する
サスペンス系のドラマや映画では、家長の死後に遺言が厳かに開封され、一同愕然。なんてシーンがよく出てきますが、自由遺言の場合は、生前からオープンにするのが原則です。自由遺言そのものを見せないにしても、その主旨は家族に伝えておく、と。
これは家族の理解を得るとともに、あらかじめ家族の反応を確かめておくことで、必要な手直しを施すという目的のためです。いくら当人が強く望んでいても、家族が快く賛成できないことでは、実現が困難になります。あるいは、家族を苦しめることに。
遺産のことについてはオープンにするとかえって差し障りが出てくる場合もあるかもしれませんが、それ以外の事項については、明らかにすることで本人も家族もスッキリする効果が大きいと思います。
学びのきっかけとしての自由遺言
自由遺言の効果の一つに「学びを促す」ということがあります。自分の意思を言葉にしてみることで、知りたいこと、知らねばならないことが次々出てくるのです。
他人はどんな遺言をしているか。自分が遺言した内容は実践上、どんな課題やリスクがあるか。実例や専門家の話、関連書籍などから、学びましょう。それが遺言の実現可能性を高めることにつながります。意思がより確固としたものになります。そして何より、学ぶことはそれ自体、楽しいですし。
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